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「卵を孵す」

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ひとつのデジタマ。得たものはそれだけ。
失ったものは多い。得られなかったものも。

涙がぽた、ぽた、とこぼれた。タマゴの表面に留まることなくつたい落ちた。
帰ろう。とタマゴに声をかける。抱きかかえるに丁度いい大きさ。
すっぽりと両腕の中に収まって、あぁ他に何も持つことができない。

いつの間にか投げ捨てていたデジヴァイス――D-3だかD-アークだか正しい呼び名は忘れたままだ――を広ってズボンのポケットに突っ込む。

キラキラと弱々しい星のような光の道を、来たときと同じように突き進んでいく。命を燃やした皆の献身に、見合うだけの結果を、出せたのだろうか。

エニアックが合成音声で出迎える。

『オカエリ、リョウ』

 耳慣れた無機質なこの音声に、感情を投影して聞いてしまう。ただの決まり文句、システムメッセージではなく、心からそう言ってくれたのだと、自惚れてもいいだろうか。

「ただいま、エニアック」

ぴょこぴょこと、散っていたデジモンたちが集まってくる。

「リョウ?」「リョウが勝った!」「おかえりなさい」「怪我してない?」
口々にわっと喋り出す。
「あれ、モノドラモンは?」
その疑問に、胸がずきんと痛む。

 抱えていたデジタマを、エニアックに見せるためにそっと床へ置いた。

「ミレニアモンを戦いで倒すことはできなかった。モノドラモンがミレニアモンとジョグレスして、このデジタマが残った」

チ... チチ...... とエニアックの演算する音が響く。
『鼓動ガ、聞コエル』とエニアックが言う。悪い心だ、と。

“もし悪いデジモンに――”
モノドラモンの台詞が耳に蘇る。

元通りのあいつかもしれない。でも、もしもミレニアモンで生まれてきたとしても、今度こそ俺たちは、ベストパートナーになりたい。
俺のパートナーを悪いデジモンだなんて言わせない。もしそう言われたのならそれは、テイマーである俺の責任だ。こいつのせいじゃない。
なぜなら。生まれてくるこいつをこれから育てるのは、俺だから。

「エニアック、このデジタマは孵す。俺が責任を持って育てる。だから」

 『ハ、ハ、ハ。生マレテクル命ニ、良イモ悪イモナイ。本当ハ良イ心ノ鼓動ガ聞コエタ。安心スルトイイ』

エニアックが笑い声のようなノイズでふるえる。

「どちらでもいいさ。俺はこいつと……これからゆっくり俺の記憶を探す旅にでも出るよ」

『好キニスルトイイ。未来ヲ決メルノハ、イツダッテ子供ダ』

チ... チチ...... とエニアックが重そうに鳴いた。
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